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2017-05-07

連載「まなざし」を綴じる(教養と看護)

日本看護協会出版会が運営するWebマガジン「教養と看護」の「考えること、学ぶこと」という特集ページで、「まなざし」を綴じる。ZINEという表現のかたちという連載がはじまりました。

昨年の秋、大阪のコミュニティカフェで偶然に出会った編集者さんが「掌の記憶」を手にとってくださったことがきっかけではじまったこの連載。

「掌の記憶」の表現や、自分や身内の闘病体験から、断ち切れてしまったものを「本」でつなぎなおそうというアプローチやな共感してくださり、病がもたらす喪失と本づくりについて言葉にしていこうとご提案いただきました。

以前「喪失と隔たり」で綴っていた編集者さんとのやりとりはこの連載のことで。誰しもが避けることができない喪失と隔たり、つまりは孤独というものと向き合うことになった時、時間や他者の力も借りながら何とか「越えよう」としたり「ないものにしよう」と試みることも一つの方法。ところが黙々と「自分で綴じる」という行為をつづけている私はそれとは少し違っていて、綴じることをとおして「ただ生きることそのもの」にしようとしているように見えるというようなニュアンスの言葉をくださったことで、「まなざしを綴じる」という連載に至りました。

しかしテーマは、ただでさえ整理することが難しい闘病の記憶、喪失の記憶。まだまだあちこちでこんがらがった私の言葉を、編集者さんが一ヶ所ずつほどいて編み直しながらリードしてくださって「編む」とはこういうことなんだなぁとたくさんの気付きや学びをいただき、それだけでも有り難い時間でした。

何よりも、自分の命を助けてくださった医療現場の方々とともにある出版社さんのお仕事。個人的な気持ちとしても、がんになってから3年という月日を経て、がんになったことを無駄にせずに恩返ししていくための一歩を、ようやく踏み出せたような気もします。小さな一歩ですが、闘病中から今日までを支えてくださった家族やまわりの皆さんの存在があってこそ。この場をお借りして改めてありがとうございます。

最後に連載のイントロダクションを添えて、ご案内とさせていただきます。(これから一ヶ月に一度のペースで、計4回の予定です)

はじめに

病がもたらす喪失。それによって本人とまわりの人たちの間には、大なり小なりさまざまな隔たりが生まれます。筆者の人生を振り返っても、家族の介護や闘病を見つめる中で、また自分自身も若くしてがんを患う中で、さまざまな「喪失」と「隔たり」を感じてきました。

それぞれが内側で抱えている痛みや苦しみ、かなしみ。その個人的でかたちのないものや、人との隔たりをなくすことは難しくとも、時間をかけて自分のまなざしで捉えながらかたちにして、静かに見つめ直したり共有したりできる方法はないだろうか? そんな思いを巡らせる中で辿り着いたのが「本に綴じる」ということ。

そして、本やさまざまなメディア制作の現場を巡りながら「伝える術」を学ぶ中で出会ったのが、アメリカで生まれ、日本でも広がりつつある「ZINE(ジン)」という小冊子でした。

第1回では、まずZINEについての概要を、第2回ではZINEづくりを通して自分を見つめなおす事例を、第3回では「取材」という行為を通して、他者を見つめながらZINEを綴じる事例を紹介します。そして第4回では、ZINEづくりのワークショップや展示での出会い、その経験から感じているZINEという表現の可能性ついてご紹介します。

はじめに (4/23公開)
第1回:ZINEという表現のかたち (4/23公開)
第2回:自分をまなざすZINE  (6/2公開)
第3回:他者をまなざすZINE (7/13公開)
第4回:隔たりの間で交わすもの
第5回:ZINEのつくりかた

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