旅の記憶 – 池田 –

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リビングルームでの出会い

「これ、アラベールスノーホワイトですね」大阪府池田市にあるシェアハウス「アンテルームアパートメント大阪」のリビングで偶然出会った、グラフィックデザイナーの大崎淳治さん。

名刺に同じ紙を使っていたことから話が弾むと、少し前に訪れたあべのハルカス展望台や2015年の秋にオープンしたばかりのNIFRELのロゴをデザインされたと伺った。大きな商業施設のロゴのデザインを手がける大先輩と、リビングで出会ってお話しする機会に恵まれた偶然にただただ驚いた。

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掌から掌へ記憶を繋ぐ本を贈り、日本を巡っていることを伝えると「このシェアハウスの記憶も綴じてみたら?」とお声がけいただき、この空間で数々のデザインを生み出されている大崎さんお話を本に綴じることに。2016年の4月、改めて取材に伺った。

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デザインと空間

「デザイナーにとって空間や自分の居場所はすごく大切だからね」計算し尽くされた空間デザインが気に入ったという大崎さんの案内で、玄関からお気に入りの場所を順に巡る。

一歩足を踏み入れると目の前に現れる四角い螺旋階段。築82年の元通信施設をリノベーションした重厚さの残る建物。高い天井や分厚い壁を走る配管や配線はそのまま真っ白く塗りつぶされ、館内には様々なアート作品が散りばめられている。刻まれた歴史と意図的なリノベーションの境界も曖昧な、洗練された空間が広がっていた。

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階段を上って最初の扉を開けると、高い天井のリビングとロフトスペース。平日の昼間は貸し切り状態で、天井のファンを眺めながらデザインに思いを巡らせるとっておきの場所だという。土曜日の午後は長い木のテーブルを数人が囲み賑わっていた。

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コミュニケーションデザイン

個人事務所を立ち上げ、十数年間は南森町にアトリエを構えていた大崎さん。広すぎる部屋で鳥かごの中の鳥のように制作に明け暮れ、帰宅できるのは家族が寝静まった後。このままではキャリアを積むほどにコミュニケーションをとる人の幅が狭まっていくのでは?という心配もあったという。

そんな2013年の春、仕事のロケ班で偶然栄町商店街を訪れ、アンテルームに一目惚れ。空きが出た翌年に入居した。

「僧房」と呼ぶ今のアトリエは真っ白な室内に白い机とパソコン、窓際の背の低い本棚だけ。考える場としては十分だという。

20~30代を中心に学生から社会人まで世代を超えた人々が暮らすアンテルームでは、共用のリビングやキッチンに顔を出すだけでちょっとした会話が生まれ、デザインのヒントに繋がる。人が集って暮らす空間は、より豊かなクリエーションを生み出す可能性があるのかもしれない。

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photo by Junji Osaki (2016.5)

デザインで大切なこと

「人を感じる優しいデザイン」と評価されることが多いという大崎さんのデザイン。企業のロゴやパッケージといった多くの人々に届けるコミュニケーションデザインをする上で大切なことを尋ねると「突き詰めると愛」というシンプルな答えが返ってきた。

クライアントの物語に耳を傾け、歴史を紐解きながら記憶や経験を手繰り寄せ、伝える相手のことを想像してデザインする。

取材を経て言葉を編む行為にも通じるものの、膨大な言葉をたった1つのロゴやパッケージに凝縮させるには、言葉にできない感性と経験が必要に違いない。

それでも一番大切なのは、相手の立場に立って考えること。「お互いに愛をもってデザインしたものが、世の中の人々にも愛されたら嬉しい」というシンプルな言葉に「人を感じる優しさ」の理由を感じた。

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世界の文化と旬を味わうマルシェ

「アンテルームでも、2年間で色んな物語を見てきたなぁ」という大崎さん。一番のお気に入りだというアイランドキッチンの真ん中にある大きなタイルテーブルは「世界の文化と旬を味わうマルシェ」だと紹介する。

四季折々に住人同士のおすそ分けの品が並ぶそのテーブルには、和歌山で採れたみかん、おばあちゃんが育てた野菜、ニューヨーク土産のチョコレート、インドで買い付けたお茶…それぞれの故郷から送られてきた旬のものから旅行先で見つけた変わったお土産まで、1人暮らしの人生では出会うことのない文化や旬に触れる。

大崎さんもパッケージデザインを手掛けたクライアントの商品をおすそ分けして感想を聴いたり、このテーブルもまたコミュニケーションの源であり、デザインのヒントに繋がる場となっている。

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photo by Junji Osaki (2015.11)

記憶と経験、想像とのコミニュニケーション

「繊細な感性と丁寧なものづくりを通して、人の心の中に感動や喜びを届けたい。そんなまなざしをたずさえて、一人のデザイナーとして、そして日本人として未来に向って歩んでいこうと思う」

インタビュー終盤、大崎さんがある場所に書いていたこのメッセージの「まなざし」という言葉について尋ねると「そんな所までよく読んでるね」と感心しながらその言葉を読み返す。

「社会全体をしっかりと見つめて、記憶と経験と想像とコミュニケーションをとりながらデザインすることかな」と話す大崎さんの言葉から、今の世の中を見つめながら過去の記憶や経験と相手への思いやりをこめて未来へに繋がるデザインを生み出す大崎さんのまなざしに、少しだけ触れられたような気がした。

リビングでの出会いから始まった「掌の記憶」アンテルームに宿る感性と創造の欠片を集めて贈ります。

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Interview,Writing,Photo :藤田理代(michi-siruve
2016年4月取材
*Special Thanks 大崎事務所、ANTEROOM APARTMENT OSAKA

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