旅の記憶 – 柏原 –

「掌の記憶」

旅の記憶 – 柏原 –

9年ぶりの取材旅

「私たちの今を改めて聴いてもらいたい」と棟梁の直治さんと和裁士の由紀子さん夫妻から依頼を受けたのは「掌の記憶」の取材から約9年が経った2024年末のこと。二人の新しい仕事場でもある「ゆうやけさん」に伺い、この9年のお二人のことをじっくりお聴きした。

子どもたちも成長し、この秋から由紀子さんが和裁の仕事を再開したこと。再開を機に和裁の仕事専用の屋号は閉じ、これからは直治さんと大切にしてきた「HAUS(ハオス)」という言葉を改めて二人の屋号として仕事を続けていきたいこと。

この9年の日々と今の想いを伺う中で、まずは今日までの二人のこと、共に歩んできた30年の記憶を辿りながら、職人としての足跡や大切にしている想いを一緒に見つめなおすことになった。

「おうち」にこめるおもい

小学校の同級生として出会い、19歳で再会。修行期間からの30年、職人として家族として、一番傍でお互いを見守りながら、暮らしや社会の変化の中でも共に歩んできた。

建築と和裁という異なる専門の二人に共通するのが「おうち」を大切にしたいという想い。メゾネットの築古マンションを改装した自宅の「あさやけさん」、ぶどう畑の休耕地で有機野菜や果樹を育む「ブルックファーム」、近所の歯科の空き家を手入れし地域に開いた「みんなのおうち」、新しい仕事場の「ゆうやけさん」。

偶然出会った面白そうな場所にお互いの人生経験や想いを持ち寄り作ってきた「おうち」に、これからも職人として、仕事として関わっていきたい。そんな二人のこれからへの想いが、ドイツ語で「おうち」の意味を持つというHAUSという屋号にこめられている。

直治さんの仕事

21歳の頃、大阪でハウスメーカーの内装大工として働き始めた直治さん。

「もっと木のことも知って、自分の家を自分で建てれるようになりたい」という想いから、大阪よりも木造建築が残っていた三重に移住した。寺社建築も手がける木造大工の親方の元で5年修行し、大阪に戻って独立。新築の戸建てからマンションや築100年をこえる木造住宅のリフォームまで、様々な「おうち」づくりに関わっている。

「家づくりってその人のもんやから」という直治さん。依頼主の家族や家族観を知り、どんな暮らしを営みたいのかを大切に時間をかけて作っていく。「ただ家を建てるんじゃなくて、暮らし方や生き方を踏まえて一緒に作るのは20代の頃よりきっとできていて、今の自分やから持ってるもの。それはちょっとオモシロイ」と教えてくれた。

由紀子さんの仕事

19歳で和裁所に入り、和裁の仕事を30年以上続ける由紀子さん。育児休業を挟みつつも、一生できる仕事として選んだこの道を信じ、どんな時も和裁士であり続けてきた。

この30年で和裁を取り巻く環境は大きく変わり、和裁士の仲間もどんどん針を置いているが「それでも和裁がしたい」と、同じ想いを持つ人と繋がるために外に目を向け、和裁士を募集する専門店からの仕事も始めた。

「やっぱり針を持って、着物に触れる時間が一番楽しくて」新品や古物、大人の着物から振袖や七五三用の着物まで、着物の柄や状態を見ながら新しい持ち主に合わせて仕立ててゆく。「今は自分の持つ技術を全部出して、和裁や着物を大事に思ってくれる仲間を探して残していきたい」と、静かに言葉を選ぶ由紀子さんの声の奥にある想いを想像しながら受け取った。

HAUSの仕事

職人として生きてきた二人が今実感するのが、分業化と効率化。職人の仕事だったものが、より早く安く仕上げるために誰でもできる作業に分解されつつある現状がある。

「自分の仕事。それが面白くてやってるはずなんですよね」「若い頃より生産性は下がっているかもしれないけれど、人間的には豊かになっている今の自分が作って人に与えられるものもあるやろし」時代の変化は受け止めつつも、大事にしたい想いを真っ直ぐに語る直治さんの言葉には、由紀子さんと積み重ねてきた日々が拠り所としてある。

「建築と和裁。手段は違うけれど、何があっても面白い方に持っていきたいという根っこは同じ」と続く由紀子さん。「一個の出会いを大切に」お客さんよりも仲間を探したいという二人の気持ちが届くことを願いながら、その言葉を預かった。

駆け足で30年を辿ると、仕事場の「ゆうやけさん」は夕焼け色に染まり、窓の外には夕日に照らされた大阪平野が広がっていた。

「ここの景色を見ると外の世界をすごく感じて、何か頑張るぞって」


そんなお二人の大切な記憶がぎゅっと詰まった「掌の記憶」。これまでと、今と、これからへの想いをこめて、ここに贈ります。

取材後記

「私たちの今を改めてきいてもらいたい」というご依頼で、9年ぶりにお預かりした職人夫妻の記憶。二人が作ってきた「おうち」に宿る想いや記憶を伺いながら、生きることや仕事を通して社会と繋がることについて、思い巡らせました。

それぞれが歩んできた人生と、暮らしや生き方への想い。職人たちが担い、継いできた技術で作られてきたもの。こんな時代でも、だからこそ「誰でもできる作業」ではなく「自分だからできる仕事」をという想い。そしてこれからのこと。

2025年の今日、記憶の旅をともにして、こんな風に「大切な記憶」を一緒に見つめる時間と機会をいただけたこと、感謝の気持ちでいっぱいです。「自分の仕事」を大切にしたい一人として、二人のこれからに、この本を贈ります。

Interview,Writing,Photo :藤田理代(michi-siruve
2025年1月25日取材
*Special Thanks HAUS

本の装丁・写真帖

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「掌の記憶」