旅の記憶 – 立杭 –

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とっておきの器

掌にすっと馴染む、すずらん模様のカップ。本を綴じ終えた後、一息つく時にだけに使うとっておきの器は、とある人生の節目にGALLERY+CAFE muguetのオーナー 友佳子さんからいただいた、丹波篠山にある末晴窯の陶芸家 西端春奈さんの作品だった。

椿やすずらん、燕や家守、猫やきのこ…釘彫の凹凸と下絵の具の優しい色遣いで描かれる生き物の大半は、春奈さんが生まれ育ち作陶を続ける立杭での日々の暮らし中に在るという話を聴き、まだ春の少し手前だった2016年3月、作品とともにある町や暮らしの記憶を綴じに伺うことにした。

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末晴窯のある兵庫県篠山市今田町立杭は、鎌倉時代から約800年続く丹波焼の郷で、六大古窯として知られる伝統ある焼物の町。

友佳子さんの車で宝塚から1時間ほど山を越え走ると、篠山の大きくゆったりとした里山に囲まれた街道沿いに60以上の窯元が続く。その街道を奥の方まで進むと末晴窯の看板が現れた。

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末晴窯

末晴窯は元々先祖も陶芸家の家系だったという春奈さんの祖父 西端末晴さんが40歳の時に開いた窯元。父の西端正さん、そして春奈さんの親子孫3代が作陶を続け、来年で開窯50年目を迎える。

街道沿いにある麓のギャラリーから山に向かって奥へと続く敷地には、正さんと春奈さんの仕事場、ガス窯と電気窯の小屋、末晴さんの仕事場、住居、ギャラリー、そして一番奥に登窯と穴窯が連なる。

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仕事場を覗くと、薪ストーブの炎の向こうで春奈さんがたたら作りのマグを成型していた。均一にスライスした粘土を型紙に沿って正円にくり抜き、型に被せてカップの形に整えているところ。

足元には今年で17歳になる柴犬のグーちゃんが暖をとっていて、作業の合間にはひと撫で、ひと声。グーちゃんにも土にも優しく丁寧に触れるその手を写真におさめるだけでも、春奈さんの人柄が伝わってくる。

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器のまなざし

ギャラリーに並ぶ作品は椿、梅、桜、銀杏など四季折々の草花が咲くままに、風に揺れるままに描かれていて、名前を尋ねると咲く季節や香り、食べられる草かどうかまで春奈さんが丁寧に教えてくれる。

「それは山帰来。柏餅の葉っぱの代わりに、うちで作るときは餃子みたいにして使っているかな」季節ごとに家の周りに咲く草花がほどんどで、大抵咲き始める2ヶ月ほど前から製作にかかり、少しだけ季節を先取りするという。

動物の作品も草花を纏っていて、小桜鸚哥は桜吹雪と戯れていた。「この嘴は痛いよ」花鳥園で噛まれたと苦笑しながら、少しやんちゃな表情を忍ばせた鸚哥を眺める春奈さん。

春奈さんの作る動物たちから感じる優しい眼差しは、それを見つめる春奈さんの眼差しがそのまま映し出されている。燕、栗鼠、犬、猫、小鹿、鯛、秋刀魚、蛸、家守、蛍…山や海の生き物が季節や場所を超えて愛らしく集うその空間は、訪れた人に笑顔を運び続けていた。

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4つの窯

15時を過ぎた頃からこまめに時計を確認する春奈さん。その日は朝からガス窯で作品を焼いていて、1時間半ごとに窯の様子を確認しながら夜までかかるという。

窯のある小屋には壁一面に釉薬の原料が置かれ、床や天井に本焼き前の作品が並ぶ。低く鳴る大人の身長ほどの大きなガス窯は覗き穴から真っ赤な光がこぼれていて、窯の状態を見ながらの微調整、一度の焼成で8段積み上げるという大量の作品の仕上がりを左右する繊細な作業だった。

火の調整を終え、山の上にある窯に移る。20年ほど前に正さんが作ったという2つの窯は、手前の斜面に沿って作られた登窯なら3日、奥の穴窯なら6日ほど焼き続け、家族が交代で火の番をする。

当番中は「ぼうっとしている」というやんわりとした答えの後に「火から目は離せないから、ラジオは聴いても本は読まないかな」という言葉が続き、その数日間の緊張感を少しだけ垣間見たような気がした。

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大切な時間

窯を後にして山を下る。山の中ほどにある住居横のギャラリースペースには花器や壺などを中心とした正さんの作品が並ぶ。

正さんが大きな作品を作る時に使うという小屋には、両手を広げても届かないほど大きな素焼き前の花器が静かに置かれていて、外から射し込む光で表面に生まれた深い陰影にしばし見とれてしまった。

大学ではデザイン学部を専攻し、卒業後に正さんの元で陶芸を学んだという春奈さん。作りたいと感じた作品を自由に製作させてもらっていると振り返る。

「誰かとの団欒のひと時や、自分の気持ちを確かめ、切り替える時間の中に何となくいつもある器であったらいいな」という言葉を聴きながら、自分や誰かとの「大切な時間」にそっと寄り添う包容力も、春奈さんの器の魅力なのだと改めて感じた取材のひと時だった。

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猫のお洋服

取材を終え、友佳子さんが頼んでいた器を受け取る。器を包み、メッセージを書く手も土に触れる時と変わらない。

最後にギャラリーの入り口でお客さんを迎える猫の服について尋ねると、実は製作途中で胴体が割れてしまった作品なのだと微笑みながら教えてくれた。

生き物と同じように1つ1つの作品を大切にする春奈さんの時間が詰まった「掌の記憶」。篠山の里山色に綴じた記憶の欠片を、ここに贈ります。

Interview,Writing,Photo :藤田理代(michi-siruve
2016年3月取材
*Special Thanks 末晴窯

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