巻末 90歳ヒアリング

「掌の記憶」杭全 巻末特集
90歳ヒアリング

□ 家族のこと    □ 近所の人
□ 住まいのこと      □ 子どもの遊び
□ 食事のこと       □ アルバムの写真
□ 行商のこと          □ 材木屋の丁稚奉公
□ 餅つきのこと   □ 自転車とやっこ車
□先生と小学校    □ 家具大工
□ 大掃除と警察官  □ ええこと

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□ 村と家族のこと

「親父の里は泉北の深阪で、母親の里が今林。結婚して新在家に来たわけ。四人兄弟で十歳上に兄貴がおって、その下に姉二人、僕がおとんぼ」

「昔は村ごとに外堀があってな。川が流れて、石橋がかかってる。雨降ったら外堀に金魚がようさん流れてくるから、みんな網持って待ってんねん。買うてる魚も入ってきたな」

□ 住まいのこと

「村で一、二の大地主さんの離れを間借りしとったんやな。大きな家で茅葺やったわ。水道と井戸とお風呂とお便所は借りて。大家さんが『風呂空いたでー』って言うてくれはって、うちが皆行って入るねん。僕らの離れは土間があって、六畳と三畳と四畳半。雨戸と障子やから『破るなよー』っていつも怒られた」

□ 食事のこと

「朝はへっついさんでお粥炊いて、昼はお粥の残りか。うちは貧乏やったから。土間の下へ野菜を置いて、魚もすぐに炊くか焼くしとくんやろな。おかずはかんてきで炊いとった。練炭入れて、鍋をのせるんや。そうそう『蠅入らず』防虫網の棚やな。皆できたもん入れたわ。腐らんように風通しのええとこ置いて。」

□行商のこと

「村にはなんでも屋が一軒だけ。自分で金もろた子はそこへ買いにきたわ。小さな串のついたような飴玉とか。魚は自転車に積んで、八百屋も荷車にようさん色んな野菜類積んで、朝から売りにきはる。お菓子屋さんは自転車に一斗缶を九つ並べて量り売りしてたわ。うちの母親が買うてな、おかきとか入れてあった」

 

□餅搗きのこと

「年末の餅搗きは、家族でやるとこと、業者が道具を持ってきて搗きとこと、お餅屋に行って買うとことあったな。25から30日はあちこちから杵の音が聞こえる。うちは母親の妹がお百姓やったから、30日は昼過ぎまで餅つき。お鏡、小餅、のし餅、最後の一、二臼であんこ餅ときなこ餅。二軒で四斗くらいついたかな」

□ 小学校の先生

「学校終わったら、残って1時間。その先生が塾の代わりや。金儲けちゃうんやで。宿直の時も『勉強したかったら今晩来い』言うわけや。たまにはかくれんぼしたり、双六やったり遊ばせてくれた。親も『あの先生やったら大丈夫』その時分は先生の方がずっと位が上やもん。先生の言うことは何でも聞かなあかんって」

□ 大掃除と警察官

「夏の大掃除は畳を上げて、板の間も上げて。必ず縁の下も綺麗に掃いて。なんであれ、お金が落ちたんのかな? で、各町に一か所交番所いうのがあるわけ。警察が回ってきて、紙くれるねん。綺麗にできたかないうて。それではじめて畳をなおすねん。せやから『はよ来てくれなー』て、やいやい言うてた」

□ 近所の人

「近く歩いてて、顔知ってたら『ちょっとおいで』ておやつくれる。みーんな優ししてくれはったわ。あと、昔は親に怒られんと、近所のおばちゃんに怒られる。悪いことしとったら、その人が見たらすぐ怒る。せやけど、家帰ってから、親に言うわけや。自分の親にも怒られるねんけども、何か嬉しいて言う」

□ 平野街道の記憶

「高等小学校の帰り道は、皆で五寸釘持って、平野街道に落ちてる屑を集めて鉄屑屋に持ってった。昔の人は皆優しいや。ちゃんとお金くれるねん。あれも面白かった。馬車の後ろへ飛び乗って知らん顔したりな。たちの悪いことはせんわな。ただ遊びで悪知恵が流行っとって。畑のもん盗ったりとかは全然せえへん」

□ アルバムの写真

「これは僕の母親のアルバムやな。僕が呉にいた時の写真とかも貼ったある。裏見たらどこで撮ったとか、誰だとか書いたあるやろ?母ちゃん(祖母)のとこは空襲で全部焼けてしもたけど、親戚の家に渡してた写真をまた焼いてもらったんやな。母ちゃんのお父さん、最初のお母さん、母ちゃんも写ってるのあった」

□ 材木屋の記憶

「丁稚奉公はそこで泊まらなあかん。番頭さんと僕と女中さんはお膳があって、お茶碗とか湯呑とか皆入ったある。で、蓋を反対にしてご飯食べてな。仕事は材木運んでは大工さんがおらんかったり。置いて帰って親方に怒られて、持って帰ったら『人信用せんのか』って今度は向こうが怒ってきたり。ちょいちょいあったな」

□  横付け自転車

「僕らが入った当時は横付け自転車言うて、自転車の横に荷物台が付いてる。材木は五メートルくらいのもあるねん。前も後ろもはみ出てる。それかやっこ車言うて、二輪の荷車に材木積んで、手綱を肩にかけて一人で引っ張る。大阪市内は上町筋が一番土地が高い。その向こうに競り市があるから、坂道は必死やったで」

□ 家具大工

「家具の仕事は昭和四十年代、学校家具を作る会社で、理科室、家庭科室、図書室…戸棚から机まで皆やった。同じ材木やからわかるやろ思って入ったら、建築は針葉樹、家具は闊葉樹やから全然違う。図面も目で覚え言うわけや。組み立ての職人さんは何でも知ったはるから、頭下げたら優し教えてくれはって何とか覚えた」

□ ええこと

「金儲けやなしに。向こうの、ほんまの心から喜んでもらえる。それがええ。また年代が古なっても、親戚で話が出る。もうそれだけでええ。ええことしとったら、そんだけのこと、やっぱり返ってくるって。今なったら感じたわ。優しいして人付き合いうまいことしといたらな。助けてくれはる」

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