
旅の記憶 – 花小金井 –
21年ぶりの故郷
「故郷」を離れたのは、今から21年前、1995年の春のこと。
阪神淡路大震災で被災した祖父母の暮らしを再建するため、生まれ育った東京の花小金井を離れ、震災直後の兵庫県西宮市へ越した。十歳の終わりに経験した大好きだった故郷との突然の別れは、声にならない哀しみと喪失感となりずっと心の片隅にあった。
結婚を機に西宮も離れ、数年後にがんになった。その時唯一心に浮かんだのが故郷の桜だった。「次の春はないかもしれない」と弱音を吐く私のために妹が拾ってきてくれた故郷の桜の花びらは、一番の御守りだった。
そして迎えたがん治療後二度目の春。今度は自分で故郷の桜に会いに行こうと思い立ち、旅の計画を立て始めた。同じ頃に「日常記憶地図」を主宰するサトウアヤコさんと出会いもあり、地図に記した幼少期の記憶を握りしめ、故郷の花小金井へと向かった。


桜のまち、花小金井
都心から電車に揺られて西へ一時間弱、桜の名所 小金井公園にほど近い長閑な景色の残る町 花小金井。駅を降りて遊歩道の桜のトンネルを抜け、昔住んでいた家の周辺へ向かう。
住んでいた社宅はとうに取り壊され、よくおつかいにいった商店街のお店もほとんど閉まり、商店街の外れにあった桜の老樹も切り株に。その先に二十棟近くあった大きな団地も広大な更地になり、塀に覆われ工事が進んでいた。
商店街に残るお店の女性に「昔住んでいた」と伝えると「すっかり変わったでしょう」と桜の切り株の話になった。町の桜は、町の人にとっても大切な存在だった。



切り株を横目に工事用の高い塀沿いを歩くと、懐かしい桜の老樹が数本、塀の向こう側から桜吹雪を落としていた。ショベルカーの三倍近い高さの老樹、残してくれた木もあったのかと、少しだけ嬉しくなった。


一本道の先の老樹
庭のように遊んだ小金井公園。雨でけぶる視界の先は人っ子一人見当たらず、雨音と鳥の声だけが響く。
長い一本道の先で静かに迎えてくれた大きな桜の老樹は故郷で唯一変わらぬ存在で、前に立つと過去と現在が交錯した。しばし佇み、時々写り込む雨傘を差した通行人に昔の記憶を重ねながらシャッターを押した。

母がよく出前をとっていたうどん屋さんにも立ち寄ると、おかみさんが奥のご主人に声かけてくれた。丸い眼鏡に優しい笑顔は変わらず、配達バイクの音や、蓋をしたラップの熱さまで昔話に花が咲く。
「たまにこうして来てくれる方がいて、続けてよかったと思うね」。21年ぶりの再会を喜びながら、大好物のたぬきうどんをご馳走になる。雨で冷えた体を温め、また来ますねとお礼を伝えて店をあとにした。

小学校の記憶
母校の小学校へ向かうとさらに雨足が強くなり、全身ずぶ濡れに。事前にご相談したところ生徒がいない時間帯であればと撮影許可をいただき、副校長先生の案内で校内の思い出の場所を巡った。
「あなたも写っているかしら?」と案内された渡り廊下の写真は1994年の30周年記念の航空写真で、22年前の自分が確かにそこにいた。もう取り壊された商店街のお店や町の航空写真も並んでいて、思わぬ場所での記憶との再会に嬉しくなった。

図書室の紙芝居、体育館の校歌、秘密基地を作った中庭。七不思議の手形の塔やはにわ、理科室、音楽室…。夕方に覗くと吸い込まれるという怪談があった鏡は、カメラを向けると不思議な感覚になった。
耐震工事や生徒数の減少で形を変えた部分はあっても、今も変わらず迎えてくださる先生のいる「学校」という場所は、かけがえのない心の拠り所だった。

先生との思い出と初めてのZINE
通学路にある小児科の先生の診療所兼お宅にも立ち寄り、チャイムを押してみた。
祖父と同じ歳で、10年前に就活面接で上京した時も突然訪れた大学生の私を「全然変わらないね」と孫のように迎え入れてくれて「理代ちゃんなら大丈夫」と、明るい笑顔で励ましてくれたことを思い出す。
整えられた植木は変わらないものの返事はなく、すりガラスから覗いた玄関に生活感はない。会えなかったことよりも、前に会えた喜びを噛みしめて先生のお宅を後にした。

よく通った図書館にも立ち寄ったが、移転して面影がない。当時窓口で配布されていた市の歴史を綴った手作りの冊子が好きで全巻持っていたが、その冊子を知る人もいない。
司書さんの郷土愛に溢れた手書きのあの冊子こそ、私が人生で初めて触れ、綴じるワクワクを教わったZINEなのかもしれなというお礼の気持ちを、そっと置いて帰った。

故郷のお守り
大阪に戻り、大量の写真と記憶を振り返る。変わってしまった景色でも、記憶を重ねながら自分のまなざしで写真におさめ、自分の言葉を添えて綴じると不思議と心が静まり、今の故郷と自分の記憶として、いつでも手にとり触れることのできるお守りのような本になった。
初めてきちんと綴じた故郷の記憶。この1冊が、また誰かの記憶を綴じるきっかけになることを願いながら、ここに贈ります。
Interview,Writing,Photo :藤田理代(michi-siruve)
2016年4月取材
*Special Thanks 日常記憶地図
本の装丁・写真帖
– 「掌の記憶」(花小金井)豆本のデザイン –
– 「掌の記憶」(花小金井)撮影した写真たち –