旅の記憶 – 西宮 –

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記憶の華 -kioku no hana-

「裕賀ちゃんの絵って、青が印象的だよね」大学卒業後から7年半勤めた銀行を離れ、湘南で画家として起業した高校時代の同級生、中川裕賀さんと再会したのは2015年の春。彼女が描く十人十色の色が浮かぶ優しい肖像画の独特の世界観と、どの絵にも必ず入っている青にすっと惹き込まれるものがあった。

「そういえば青の要素は入れようと思ってるかも」と自分の中を探るような返事があり、しばらくして「風のように自由で、水のように変化し続け、空のように凛と澄んだ“Blue”をあなたに」という言葉とAddBlueという屋号が生まれ、青を軸とした彼女の創作活動はぐんと広がっていった。

「高校で一緒に展示をしない?」と提案があったのは1年後の2016年の春。昔同じ教室で机を並べた同級生が、卒業後の14年の軌跡を母校に報告する展示に挑戦しようと「記憶の華」という2人展を行うことになった。

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「心」を描く肖像画

母校展示の打ち合わせ前に、中川さんの実家で絵を見せてもらう。何から掴んで描くの?と尋ねると「人は皆見た目と実際は違うと思っていてね」という意外な言葉が返ってきた。

幼い頃から外見で誤解されることが多く、人の内面を見るようになったという中川さん。人の内側、心を知ろうと大学では心理学を学び、肖像画を描く時も見た目の奥にある「心」に意識を向ける。

下絵を描き、その人の「心」の色を落とし、中学生の頃から愛用しているという日本の色の色鉛筆で仕上げる。その日の作品はある女性からオーダーのあった、お世話になった男性への贈り物だった。

オーダーの動機や依頼主との思い出を聴きながら、お預かりした写真の奥を見つめて人柄を掴む。描き始めはその人の一番魅力を感じるところからで、魅力を描くことさえ出来ればその絵が自分で出来上がってくれるのだという。目から描き始めたというその男性の眼差しからは、優しく見守る人柄が滲み出ていた。

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変わる色、変わらない色

「裕賀ちゃんって、湧き出る泉のような人だね」とふと伝えたのは、展示準備を進めていた頃。枯れない水源のように湧き出る人への興味や創作意欲を持ち、映し出した相手の心の色に感動して揺らぐ。

彼女の絵に映し出された相手は、澄んだ水鏡に自分の心の色を見るような気がして伝えると「肖像画を描く時も背景に描く心の色は水を張った紙の上に色を落として滲ませるの」と驚く中川さん。今の自分の心というテーマで1枚描いてもらうことになった。

「人は一面的ではなくて、変わらない部分と、自由になりたいようになれる部分があると思うの」と、5色の絵具を手にとる。その人の本質だと感じる色を軸に、依頼主の心や絵の意味を元に色を選ぶ。

水を張った紙の上に軸として選んだ濃縹という深い藍と青、グレーを落とし、今の心の色にある赤と黄色を少し添える。水鏡のように景色を映す絵を眺めながら、人の多面性、コントラストに惹かれると微笑む姿をそっとカメラにおさめた。

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心から自由な自己表現を目指して

6月の最終日、展示の設営で14年ぶりに母校の教室に入り、机を使って2人それぞれの円を描き作品を並べていく。「歴史に刻めこの瞬間を」という高校時代の野球部のチームTシャツから始まる彼女の円の最後は、15年ぶりに描いたという油絵だった。

その5日前に「奇跡的に油絵が間に合うかも!」と高揚感溢れるメッセージが届き、ギリギリ乾燥が間に合ったと教室にやってきた彼女の油絵。色鉛筆と水彩で描かれた澄んだ肖像画とはまったく違う世界観で「心から自由な自己表現を目指して」というタイトルが添えられていた。

ニューヨークの街並みのコラージュに、深紅のドレスを纏い振り返る1人の女性。揺れる心と強い意志、過去の思い出と未来への決意。人の心の内にある激しさを秘めたその絵は教室の真ん中にあって、訪れた人に向かって静かに、それでいて強く惹きつける力があった。

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Beyond my will

「また明日!」と校門で別れ、翌朝教室で「おはよう」と挨拶。準備の合間に教室を覗いてくださる懐かしい先生方との再会も喜びながら、展示がはじまる。

クラスごとに出し物をする母校の文化祭では、期間中はクラスで作ったTシャツを着て学内を回るという文化が残っていて、色とりどりのTシャツを着た学生がふらりと訪れる。

「そうか!1年生って私のちょうど半分の歳なんだね!」人への圧倒的な興味と好奇心で、初対面の人の心の扉もすっと開いてしまうやりとりがとても面白く、ついつい観察してしまう。

「それ、私も良く心に浮かぶ言葉なの!」1日目の展示終了間際「Beyond my will」と書かれたTシャツを着ていた男の子に「もし明日時間があれば、その言葉を選んだ意味を教えてくれない?」と、目を輝かせて声をかける様子に、水面に風が通り抜けるような彼女の心の揺らぎを感じた瞬間だった。

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意志以上のもの

翌日、約束通りに来てくれた男の子と「Beyond my will」という言葉の意味で盛り上がる。「私の意志を超えて…自分の意志以上に本能や縁、偶然の重なり、相手の意志が融合して想いもよらないところにいくのが人生かもね」と振り返る彼女の言葉に、今回の出会いが新たな創作に繋がる静かな高揚感を感じた中川さんの『掌の記憶』。水鏡のように揺らぐ、彼女の心の青色に綴じ、ここに贈ります。

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Interview,Writing,Photo :藤田理代(michi-siruve
2016年7月取材
*Special Thanks AddBlue

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