toggle
2017-07-01

旅の記憶 – 千葉 –

旅する本屋「放浪書房」の旅道具

伊丹の猪名野神社で、旅する本屋「放浪書房」のとみーさんこと富永浩通さんに出会ったのは、2015年秋のこと。伊丹では旅先で仕入れた本を次の街で売る「放浪書房」。新開地では小商いのトークイベントの語り手。御手洗では移住定住の小商いイベントのプロデューサー。松山ではアンティークの紙モノバイキング「タイムアドベンチャーレコード」。いつも相棒の「放浪号」1台で軽やかに旅をしながら、呼ばれた街から街へと商い続けるとみーさんと旅商いも何度か共にするうちに「放浪号と旅の道具を綴じてもらおうかな?」とお声がけいただき、大阪での旅商いの移動日に合わせて、取材に伺うことになった。

「旅先の街に、放浪書房は住んでいない。でも暮らしている」取材の数日前にとみーさんが書き綴っていた言葉。多くの人にとっては、日々の暮らしから一歩飛び出した先にある「旅」。その旅自体が「暮らし」になっているとみーさんが、大切にしている旅道具。そこから何が浮かび上がるのだろう?とわくわくしながら待ち合わせ場所へ向かった。

旅先の家の「間取り」のハナシ

江坂駅前の広場で待ち合わせ、前日までの「職場」の真上に見つけたという今回の旅の家へ。「間取りと一緒で、部屋の機能を街に分散させるのがポイントでね」リビングルームとベッドルーム、時々作業場とミニキッチンも兼ねる相棒「放浪号」を中心に、お風呂(=銭湯)とトイレ、キッチンと冷蔵庫(=食事処やコンビニ)が近くにある場所を見つければ、旅先の家が完成。「間取りとして考えると、ゲストハウスに近いですね」と話しながら5階まで上がると、オープンエアの駐車場の隅に、お馴染みの白いバンが停まっていた。

移動日ということもあり、車の中は商売道具と什器、別の街で使うレンタル用の屋台4台が満載で、荷崩れしないように自作の滑り止めや底板が隙間なく積み重なっている。助手席の木製棚には旅道具。どのパーツも工具なしで組み立て、解体、変形できる。「ここだけは物を入れないようにしてるんだ」と案内された運転席とその後ろだけは完全にフラットな空間で、リビング兼ベッドルーム。どこにスペースが残っていたの?と驚くほどゆったりとした小部屋が広がっていた。

「自分の居場所」にできるもの

「これさえあれば、何もない空間を『自分の空間』にできるものは何ですか?」という逆質問から始まった旅道具の撮影。1ヵ月近く旅商いに出ては千葉の家に戻り、また別の街へと繰り返し。部屋のない生活が主になるうちに「何があれば自分の部屋になるのかな?」と、とみーさんが考えた結果は「机」だったという。助手席にぴったり収まるよう木材で自作し、下段は物入れに。運転中は半分に折り畳み、拡張すると大きな作業机になる。「机があると料理や書き物、読書も落ち着いてできる」机を1つを置いたことで、車の中が『自分の居場所』になった。

双子ランプ、助手席の本棚、ナイフ、鍋とシェラカップ、炊飯器、バーナー、太陽光発電、ネックレス、ポーチとライト、靴、手ぬぐい、手帳と筆記具、iPhone、付箋。14の旅道具にまつわる物語を1つずつ伺う。「いざ何だろうと思ったら、そんなになくて。それだけもう自分の中で決まってるのかな?」11年の旅商いで見えてきた「自分の暮らしに必要なもの」の記憶を預かり、撮影を終えた。(※巻末特集「放浪書房の旅道具」に掲載)

「住む」と「暮らす」の違い

19歳で四国一周のママチャリ旅を始めた日から、20年弱。2年前に広島県の移住定住イベントに関わったことで、暮らすことについて改めて考えるようになったというとみーさん。「海の街と山の街。それぞれで暮らす人たちと初めて点ではなく面で出会って。ふと自分は10年後どうしてるのかなって」旅人を辞めてどこかに住むことは想像がつかないと思った時に「住む」と「暮らす」の違いは何だろう?という問いが浮かんだ。

「調べてみたら『暮らす』の中に衣食住、『住む』が含まれていてね。居を構えて住むのではなく、色んな街で商いをしながら自分の居場所を作って暮らす。暮らすことがもっと自由で軽くなったらいいなという意味を込めて、『クラシカル(暮らし軽)な生き方』なんてどうかなと。車離れが進んでいるけれど、単なる移動手段ではなく、自分の好きな生き方をするための道具として考えたら、もう少し広がる気もしていて」と、「#vanlife」を合言葉に、放浪号で暮らしながら旅商いを続ける自分のようなスタイルなら、今より暮らしやすくなる人もいるかもしれないと添えた。

「移り暮らす」ということ

「クラシカル」や「#vanlife」という言葉を使いながらも、自分の中の商いの理想は、故郷の商店街での原体験。「家の近くに日本で一番大きなマンモス団地があって、その中に商店街があったのね。子どもの頃は遊ぶのも、買い物するのも全部そこ」楽しいものも、美味しいものも、やなことも全部がその商店街にあり、ずっと記憶に残っているという。小さなお店がいっぱい集まって、みんながお店の奧や上で暮らしていて、自分のお店を一歩出ると売り手も買い手になり、小さく経済が循環している。働く場所と生きる場所が共にある商店街のスタイルが、放浪号での旅商いのルーツであり、理想でもあるのだという。

「街を移りながら商いを続けることで、商いを通しての出会いはどの街でも変わらないことも徐々に分かってきた」というとみーさん。「移り住む」を「移り暮らす」ととらえたら、ずっと心が自由になった。「暮らし」を作る衣食住。放浪書房の小商い 「#vanlife 」は「移職自由」。うまいこと言えた!というその言葉は「住んでいない。でも暮らしている」という言葉から生まれた1つの答えだった。

「旅暮らし、借り暮らし」のお返し

旅先の場所を借りて、繋がりを借りて。日々暮らすための色んな要素を借りながらの旅商いは、旅暮らし、借り暮らしの毎日。「誰かから何かしら借りているからこそ、お礼は商いで返します」と今日も旅商いを続ける。「小さな商いを通じて、話すことを通じて、色んなやつがいるよって伝えていきたい」という言葉を最後に預かり、綴じたとみーさんの『掌の記憶』。本を手にとった人の「暮らし」を見つめるための、ささやかなみちしるべになることを願いながら、この小さな本を贈ります。

※旅道具の物語が詰まった巻末特集「放浪書房の旅道具」も、ぜひご覧ください。

>>放浪書房の旅道具
>>掌の記憶(千葉)はこちら
>>写真帖はこちら

 

取材後記

2015年秋。兵庫県伊丹市で偶然出会ったその日に「広島の小さな港町に記憶を綴じに来ない?」と、とみーさんからお声がけいただき始まった「掌の記憶」の取材旅。それから新開地、押上、御手洗、東向島、伊丹、松山、江坂とあちこちでお会いしたり、商いを共にしたり。出会いから約二年が経ち「掌の記憶」が27篇目を迎えた今回、とみーさんの記憶もお預かりすることになりました。

外見は普通の白いバンの形を保った放浪号を相棒に、最低限の道具を載せ、「移り暮らし」ながら軽やかに旅商いを続ける。常に「自分にとっての必要最低限って何だろう?」と問いながら暮らすとみーさんのスタイルは、一見個性的なようで、とても簡素で古典的。自分にとっての「必要最低限」や、自分にとっての「暮らし」って何だろう?と、見つめ直すきっかけにもなりました。「色んなやつがいるよって伝えていきたい」というとみーさんの言葉が、色んな人の元に届くといいなという願いをこめて、ここに贈ります。

Writing,Photo :藤田理代(michi-siruve)
2017年6月取材

関連記事